JR飯田線

 もともとは直結した4社の私鉄路線(豊川鉄道・鳳来寺鉄道・三信鉄道・伊那電気鉄道)を戦時国有化・統合したことで成立した路線である。豊橋駅〜大海駅間は豊川鉄道が完成をさせる。明治30年7月15日に豊橋駅〜豊川駅間の開通が最初であり、明治33年9月23日に大海駅まで全通した。また大正14年には全線で電化された。大海駅〜三河川合駅間は鳳来寺鉄道により大正12年2月1日に全通した。豊川鉄道と同年に電化されている。三河川合駅〜天竜峡駅間は三信鉄道によって開通した。三信鉄道の筆頭株主は東邦電力と天竜川電力という電力会社で天竜川に国内エネルギー資源開発をもくろんでいた両社は、電源開発の資材や労働力運搬のため鉄道を使用しようとして、昭和4年8月の天竜峡駅〜門島駅間着工に始まり,昭和5年には三河川合駅〜出馬駅間も着工した。しかし,中央構造線のもろい地層と天竜川峡谷の断崖絶壁に阻まれて工事は難航。昭和6年には工事は中断したが,三菱銀行などから多額の融資や飛島組の熊谷三太郎(戦後熊谷組設立)の熱意により工事は再開された。工事は困難を極めるが大嵐駅〜小和田駅間の開通で昭和12年8月20日に,全通した。天竜峡駅〜辰野駅間は伊那電気鉄道が開通させた。明治42年12月28日辰野駅(のちの西町駅)〜松島駅(現在の伊那松島駅)間が開通したのが最初であり,昭和2年12月26日に天竜峡駅〜辰野駅間が全通した。この4社(伊那電気鉄道・三信鉄道・鳳来寺鉄道・豊川鉄道)の鉄道路線が国有化され,飯田線となったのは昭和18年8月1日である。昭和33年11月11日には天竜川左岸を走っていた飯田線の佐久間〜大嵐間約18kmの部分がダム湖に水没するため,路線変更が行われた。佐久間ダムは,当時日本で最大規模の堤体と発電量を持つ巨大ダムであった。

豊橋 船町 下地 小坂井 牛久保
豊川 三河一宮 長山 江島 東上
野田城 新城 東新町 茶臼山 三河東郷
大海 鳥居 長篠城 本長篠 三河大野
湯谷温泉 三河槙原 柿平 三河川合 池場
東栄 出馬 上市場 浦川 早瀬
下川合 中部天竜 佐久間 相月 城西
向市場 水窪 大嵐 小和田 中井侍
伊那小沢 鶯巣 平岡 為栗 温田
田本 門島 唐笠 金野 千代
天竜峡 川路 時又 駄科 毛賀
伊那八幡 下山村 切石 飯田
桜町 伊那上郷 元善光寺 下市田 市田
下平 山吹 伊那大島 上片桐 伊那田島
高遠原 七久保 伊那本郷 飯島 田切
伊那福岡 小町屋 駒ヶ根 大田切 宮田
赤木 沢渡 下島 伊那市 伊那北
田畑 北殿 木ノ下 伊那松島
羽場 伊那新町 宮木 辰野

訪問日 平成24年2月・平成24年4月・平成25年2月・平成25年6月